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税理士合格体験記 奥沢潔美先生

税理士資格を取得した頃のライフスタイルや一日の勉強時間を教えてください。

受験期間は昼間は会計事務所で仕事をしていました。そのため仕事が終わった後に簿記学校へ行って、そこで授業を受けて、計算問題等を解いてというオーソドックスなスタイルでした。毎年二科目ずつ受けていたんですが、一科目ずつしか受からなくて、5年で5科目とりました。

今はDVD講座等が発達しているので、平日は学校へ行かないで、土日に集中してDVDを見て受講するという人たちもたくさんいらっしゃいますね。

結婚してからも助かったのは、夫と二人で同じ勉強ができたということです。二人で約束したのは、「受かるまでテレビを買うのはやめよう」ということ。今みたいにインターネットがありませんでしたから、テレビがなければ見る娯楽はないので、という感じでした。当時、テレビがないっていうのは、今でいえばインターネットがないということと同じでした。携帯もないですし。だから雑音が入ってこない、勉強に集中する環境をつくることを実行しました。

勉強する中で意識されていたことはありますか?短期記憶に頼らない等?

私は、短期記憶はゼロなんです。短期記憶が苦手で、一個ずつ理由づけしながら覚えるタイプでした。例えば税法ですと「外国税額控除とは」等という題が出て、見開き2ページにびっしり書かれている理論集がありました。それが70問くらいあって、これを一年かけて暗記するというスタイルです。試験ではそのうち2問出題されるのですが、その問題について小見出しを書けて、内容をバーッと全部自分で書けたら合格という形でした。今はもう少しひねっていて、2つのテーマを合わせて一問にしているなど、もっと難しくなっていますね。あとは計算問題が出ます。「こうだからこう」と、全部理屈付けして覚えていったという感じです。そこの部分は 鍛えられたと思います。これを書けといって、5つくらい小見出しを出してそれについて理論立てて書いていくという。でも、実務ではあまり役立った記憶はありませんが(苦笑)。

奥沢潔美先生

勉強の中で身についた考え方や、良い習慣はありますか?

今でも「何とかについて書きなさい」と言われたときに、小見出しをいくつか考えるようにしたり、ポイントをまとめたり、「こういう場合はこう、だから次はこうなる」という感じで、論理的に書くようにしていますね。

普段の生活は全然論理的ではないんですけど(笑)、勉強したおかげで、論理的に考える思考が身につきました。



税理士を目指したキッカケ 代表税理士 奥沢剛彦

税理士を目指したキッカケを教えてください。

少し恥ずかしい話になりますが、税理士になろうと思ったのは小学校一年生の時です。私の実家は商売をしていました。「3丁目の夕日」という映画をご存知でしょうか?ちょうどあの映画と同じ時代で、私もランニングシャツを着ていた男の子のような日常を送っていました。

毎月、税理士のおじいちゃん先生が我が家に来ていました。私は小学生でしたから何をしに来ているのか全然分からないのですが、お昼になると、親父が税理士さんのために、そばの出前をとるんです。当時、店屋物(てんやもの)というのはめったにないご馳走でした。

僕と妹には「もりそば」をとってくれました。嬉しかったですね。でも、ふと障子の向こうの税理士さんを見ると「天ぷらそば」なんです。お重になっていて、木の分厚い蓋がついていて、開けるとエビの天ぷらが3本くらい、これでもかというくらい出っ張って入っていました。「天ぷらそばを毎月食べに来る、あのおじいちゃんは何だろう?」と思いましたね。おふくろに聞いたら税理士だと言うので、「俺、絶対税理士になる!」と宣言しました(笑)。それが本当のキッカケでしたね。「税理士になったら天ぷらそば食べられる。それもタダらしいぞ」と(笑)。

実際に税理士になる勉強を始めたのはいつ頃でしょうか?

高校になると、適性検査で就職の方向性を決める時期がきますよね。適正検査で税理士に向いていると出ましたし、業務の中身を調べていったら面白いと思えました。大学では法学をやりたかったので、税理士の勉強は夜学の学校へ通い、ダブルスクールでとりました。

税理士になってみて、この仕事の魅力とは何でしょうか?

奥沢剛彦先生

税理士を目指した背景は、やはり実家が商売をしていたからでしょうね。私は商売が大好きで、色んな商売を見たかったんです。税理士をやっていると色んな商売を見られるのが魅力です。

それも色んな商売を簿記という共通の智慧で見ることができるのが興味深いです。簿記は600年くらい前からほとんど変わっていません。商売で儲けるための方法であり、帳簿をきちんと記録していると倒産を防ぐことができます。複式簿記は人類の大発明なんです。損益のところを、儲かった理由と、損益が影響すると財産が動くという二面で見て、誰でも確認できる。素晴らしい仕組みです。その素晴らしい仕組みを実際に使ってみると様々なことがわかってくるんです。業種も規模も違う色んな商売であっても、「商い」としての共通なものが見えてくるんです。

税理士になるという夢を実現された現在、次の夢はありますか?

長年多くの企業や経営者と仕事をしてきて、経営には成功するノウハウがあると思っています。

日本が明治以降、経済的な発展が出来たのは、福沢諭吉が複式簿記の本を翻訳して『帳合之法』を書き、渋沢栄一が一橋大学の前身である商学校を作って複式簿記を勉強させ、それが広まったことが大きいです。日本はヨーロッパやアメリカなどの当時の先進諸国と同じ経済言語を使っている国だから取引ができると信頼してもらえたんですね。

信用と正しい数字の積み重ねの中に経営成功の法則があることを、理論ではなく仕事の実務を通して一生懸命見つけているところです。これがつかめれば、もっと多くの会社に黒字になって成功してもらえると、楽しみにしながら探求しています。



税理士を目指したキッカケ 奥沢潔美先生

潔美先生が、税理士を目指したキッカケを教えてください。

5歳くらいのときから、「自分はどんなライフスタイルをとりたいか」というイメージを持っていました。「一生仕事をしたいな」ということと、「結婚する相手と同じ仕事をしたいな」ということを漠然と思っていたのです。それが八百屋さんなのか、魚屋さんなのか、何屋さんかは分からないけれど、結婚相手と一緒に仕事が出来たらと。

高校は普通科を卒業し、すぐ公務員になりました。当時付き合っていたのが高校のときに出会った剛彦所長だったのです。高校卒業後、彼は大学に通いながら、夜は簿記学校に行き出したんです。「どうしてダブルスクールしているの?」と聞いたら、「実は僕は税理士になりたいんだ」と。そんなに面白いのかなと思って簿記の勉強をしたら、私の性格に合っていて、とても面白くて簿記にはまってしまいました(笑)。それで、日商簿記3級、2級と取得し、1級もとれたので、じゃあ税理士になろうかなと思いました。 

簿記のどんなところが好きですか?

子どものころから、とてもパズルが好きだったんです。ピタッとこれしかない形がはまっていく、あれがもう何ともいえない快感で(笑)。そのパズルと共通するものを簿記に感じて、「私にはこの仕事が向いているかも!」と思いました。けれど、税理士になるためには、簿記論、財務諸表論、あとは税法の勉強があります。法律系はさっぱりなので、税法がキツくてキツくて、本当に手こずりました(苦笑)。

今でも、私は会計的なことはすごく得意で、業務に携わっていることが楽しいです。一方所長のほうは、法律が得意なんですね。得意分野が違う二人の組み合わせで、一緒に仕事をしているのはよかったと思います。

余談ですが、子供のころにふわっと考えていた、「結婚しても旦那さんと一緒に仕事をしたいな」ということは実現していますので、心で考えていることって大事ですね。

幼心のイメージって大事なのですね。

はい。自分の人生を振り返ってみると、どんな自己イメージをもっているかが、意外なところで道を拓いていくんだなと感じています。もし、途中で違うなと思ったら(その自己イメージを)変えていくのも、もちろんその人の自由ですよね。

常日頃、心で何を思っているのかということが大事なのだと思いますよ。親の自分に対する期待や影響をそのまま受けるのではなくて、何故そう思っているのかな、と一度立ち止まって考えてみるといいですね。女性は職業だけでなく、結婚をするのか、子供がほしいかとか色々な人生の選択があります。ライフスタイル全部にわたって。

最終的には、自分でライフスタイルを選ぶんですね。そのためには、自分ってどんな人なのだろうとか、本当に自分がやりたいことなのかなとかに気づいていくことは大事かなと思います。